アラフィフ、大学院生活を楽しんでみる

中年クライシス真っ只中の社会人大学院生。現在博士課程1年目。自閉症とコミュニケーションについて研究中。転勤族家族なので、日本中がホームタウンのつもり。仕事はパートタイムで、消費生活系相談員してます。コメント大歓迎です。

すべての人生転換の基礎は、「ノー」を言う練習から

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もしアナタが、自分の人生をここから変えたいなとおもったら、まずやって欲しい練習があります。

 

ズバリ言いましょう。「ノー」を言う練習です。日本文化圏に生きていますと、特に女性はこの「NO ! 」が言えないように感じるのです。ええ、ちょっと前の私はまさにそういう人でしたもの。

 

自分の力で立とうとしたら、あらゆることに自分の責任で対応していかなければなりませんものね。でも「いざとなったら、自分はちゃんとノーが言える」と知っているだけで、人生絶大に変わりますよ。ホントの話です。

  

ノーと言う自分を許可する

日本文化圏で育った人は、これがとても苦手かなあと思います。ざっとした感想ではあるのですが、自分が育った環境を考えると何となく女の子は「いつも、率先してハイと言いましょう」と育てられるような気がします。

 

いいんですよ。自分が出来る事で喜んで人様のお役に立つ分にはもちろんね。

 

でもね。もし自分の心が「それ違うなあ、なにかひっかかるな」と思ったときは、素直に「それなにかしっくりきません」と伝える方が、良いのだと思います。

 

コミュニケーションの基礎はね、自分の心に正直になることなんです。特に発達障害のコミュニケーション支援の現場にいますと、まず支援員が素直な心になる必要があるのです。でも私は1年ぐらいこの心の壁が取れませんでした。子供たちが行った行動が自分の心に引っかかっても、「いやだ、やめて」と言えなかったのです。

 

これは実は本当に良くないのです。黙りこくってしまうことこそ、自分の人生もそして相手の人生もないがしろにしてしまうこと。伝えた方が良いことの方が圧倒的に多いのです。コミュニケーションの破たんは、黙り込むことにありますから。

 

だからね、最近の私は意図的に「そうは思いません」と穏やかに告げる練習をしています。これしゃべったことがないと、言えないのです。口が慣れてくると、気持ちも楽になりますよ。

  

ヒトってね、基本目の前の人を助けたいのですよ。でも「助けて、それは違うの」って言ってもらえないと、助けようがないのです。

 

例えば裁判所からの呼び出しがあったとして、私が出向いたとしましょう。特に身に覚えがない場合、なおさらショックですよね。あわてますよね。でも私が、諦めてしまって何も伝えなかったらどうなります? そうなんです、相手方の意見を全部認めたことになってしまいかねません。

 

そういうこと、法の現場に近い場所で仕事をしていると、実際にいっぱい見聞きするのです。特に高齢のしかもとても人柄の良い穏やかな女性は、「何か変だなあ」と思っていても、お上からの呼び出しだからもう仕方ないのかな? と思って、はいはいと答えてしまうことが多いように感じています。

  

実際に、言っても変化させることはできないことって、この世にはあるのかもしれません。でも言わないと不利益がどんどん押し寄せてしまうことの方が多いのです。あきらめてしまわなければ、何とか救いようのあることも、ものすごく多いのが事実なのです。(そのために、弁護士の先生方とか活動してますので、まずはプロに相談した方がいいですが)

 

もうね、すべての基盤はまず、自分は何を受け入れて何を受け入れないかを線引きするところからなのだと思うのです。

 

受けれいるばっかりだと、自分の心がいわゆる「ゴミ屋敷」状態になってしまいます。出すものは出す。もちろん良い感情を相手に渡すことが一番素敵です。でもまずはやっぱり「ノー」という勇気を持つことが大事なんです。それが心がすずやかな人の大事な要件になるのです。

 

大丈夫、「いいえ」を伝えたことだけで人生が終わるわけではありません。実のところ、ノーを言えずに顔が不機嫌になっている人の方が、人生の流れが止まってしまうのだなと最近痛感しています。伝えた方が誰にとっても親切なのですものね。

 

口でちゃんと相手を尊重して「ノー」を言う練習、しておいて無駄はありません。すっきり人生を送るために、そしてこれからの自分をより磨いていくために、これもぜひ私と一緒に練習してみませんか。