アトリエのちいさな窓から見た景色

転勤族家族なので、日本中が出没区域。小鳥ラブ。お料理と読書が最高に好き。海外旅行は人生の燃料。表の顔は、消費生活系・法律系の問題解決ご案内人。弁護士先生の知り合い増えてきました。裏の顔は、社会人大学院生。博士課程の1年目。専門は小児発達学。自閉症とコミュニケーションについて研究中。コメント大歓迎です。

自分のために、世の中が動いていることってあるのです

f:id:seiransha:20170602212316j:plain

リュウコさん、ご依頼のブツ届きましたよ(意訳)」

 

医学図書館から一通のメールが届いたのは、昨日のお昼間のこと。先週、図書館に文献コピーを依頼していたお返事が、早くも届いたのです。

 

えっちらおっちら図書館に出向いて受け取った時に、私は見たのです。ある驚愕の真実をね。今日は本当にささいなことのように思うことだけれども、実はとても大したことが人生の中で起こっているというお話をいたしましょう。

 

東京大学付属図書館からのお手紙

先週の金曜日、教授面接で読んでおくべき論文を数本預かりました。それ以外にも「これ読んでおいてね」という論文で、先生の手元にないモノがありましたので、さっそく学校図書館を通じて、論文取り寄せ依頼をかけたのです。

 

教育系の学会の雑誌に載ったものですので、取り寄せはさほど難しくないだろうなと思っていました。大学の教育系部署の先生なら、どなたかはお持ちかもなと思っていたからです。

 

ところがです。本日少し早目に大学に行き、医学図書館で料金を払って受け取ったその時、ある重大な人生の真実に出会うことになろうとはそれまで予想だにしていませんでした。

 

司書さんが「ハイどうぞ」と渡してくださった青色の大型封筒。論文がちょこんと入っているのですが、表紙を見て驚きました。

 

そこに印字されているのは「東京大学付属図書館」。宛先はわが大学の論文取り寄せ係になっていますし、差出人は文京区本郷です。使いまわしではなくて、本当にこの封筒で送られてきたようです。

 

あら、なんということ。この論文コピー、はるばる東大から来たのでした。ええ、私の人生で東大にご縁があったことなんて一回もございません。生まれて初めてのご縁、なんとありがたや。さすがに東大は抱えている資料も日本有数にすごいのですね。

 

別に大学の図書館が資料を持っている図書館に協力を依頼するのは、不思議なことではありません。ごくごく当たり前のことではあるのです。

 

でも考えてみて欲しいのです。私、全くその辺に普通にいる中年の人なわけです。その人が「欲しいなコレ」と言ったものを、大学図書館は情報網を駆使して所在地を調べ上げ、また依頼された図書館は即座に複写して送ってくれるわけです。

 

この論文を手にするまでに、何人もの人がかかわっているわけですよ。郵送されてきてますので当然郵便局の方も関わってますし。大学の学務の方もこの封筒図書館まで運んでくださったでしょうしね。

 

つまりです。私たちは「ちゃんと意思表示をすれば、アナタのその思いを叶えるために、何人もが働いてくれる」わけなのです。

 

これね、もう明確にこれから意識した方が良いことだと思います。何か自分の心が疲れてしまって、「ああ、私って誰にも相手にされなくて寂しい」と思う時に、ぜひ思い出してほしいのです。私はわりと心がお疲れしやすい人ですので、今日のことはしっかり覚えておこうと思います。

 

私たちすべての人は、こうして普通に呼吸して普通に生きているだけですでに、誰かが私たちの望みを叶えようとして働いてくれるほど、価値のある人だということなのです。

 

封筒はこう告げていました。「アナタは確かにまだひよっこ学生だけれども、あるいはだからこそこうしてアナタのために働く人がいるんだよ。えらい先生がオーダー出すのと何ら変わりなく、価値がアナタの手元に届くのだよ」とね。

 

意思表示をすればいいだけなの。意図を明確に相手に伝えればいいだけなの。

 

もちろん論文取り寄せに使うオーダーのやり方には一定のルールがあります。それと同じように、意思表示をするマナーというかお作法はどの世界にもあるのですが、そのマナーさえ守って待っていれば、ちゃんと世界は動いてくれる。

 

というわけで、あらら、また読まなければならない文献が到着しました。私の仕事は現時点では、周りの才能ある人達に遅れずについて行けるように、必死と学ぶことです。来週の教授面接までに、理解して質問に答えられるようにお勉強するほかないですねえ。

 

でも、人生にとってこうして大事なことに気がつくと、どんなことでもやる気いっぱいで向かえますものね。「意思を明確に、相手に分かる形でマナーを守って伝えれば、ちゃんと世界は動いてくれる」のですものね。

「応援してもらえる人になる」ほんのちょっとした意識

f:id:seiransha:20170601094959j:plain

6月に入りました。金沢百万石まつりは今週末、もう目の前です。街のパレードの道筋は大急ぎで観覧席を設営していますし、赤い梅の家紋の提灯が商家の軒先に下がるようになりました。

 

お祭りの準備を見ていますと、成功する人との共通点がいっぱい見えてきます。え? ご興味おありですか。では今日は成功する人=応援がいっぱい集まる人について、その共通点を見てみましょうか。

 

「心に残る」のです

あなたの周りに、アナタから見て成功している人いませんか。ちょっと目を閉じて思い出してくださいその方のたたずまいをね。

 

見えてきましたか? はい、どうしてかこの人を応援したいと思わせる方にはわりと共通した特徴があるように私には感じられます。

◇とっても楽しそうに「好きなコトを語る」

◇威厳がある。私が思う威厳とは、ふらつかない感じです。準備に時間をかけてきたことが伝わる感じで、付け焼刃ではないということなのですが、どうでしょうね

◇一貫性がある。威厳があるのと同じ部分なのですが、ふらつかない感じです

◇自分のポジションを楽しむことで、全体が盛り上がることを知っている

◇「自分が好きなコト」を語るないしは行動することで、目の前の人が笑顔になることを喜んでいる

 

金沢百万石まつりのことを考えると、割とこれ理解しやすいと思います。

 

土曜日の午後は時代パレードで、利家とまつさんや、いろいろな武者行列、加賀とびの皆さん、神職の皆さんが歩きます。メインの利家さんやおまつさんはかなり有名な俳優さんが扮しての行列です。

 

このね、俳優さん方見てますと、よくわかりますよ。このパレードの間、時代劇の登場人物のように、ご本人そのものになりきっています。しかも楽しそうです。だから、見ている一般市民の私も「おおお~、馬に乗った利家さん来ましたね~」と、楽しくなるわけですよ。見ている方も楽しいから、さらに応援しちゃおうかなと思います。

 

利家さんになったら、パレードの間は一貫して利家さんとして周りの人を魅了しなければなりません。ちらりとでも俳優さんご本人に戻ろうものなら、見ている方はしらけます。体調が悪そうな利家さんだと、こちらも心配になりますし。かっこよく馬を乗りこなす人だと、「うん、利家さんだものそうこなくっちゃね!」と良いものを見たな~と一日ご機嫌になります。

 

下準備もきっと俳優さんて大変だろうなと思います。馬に乗る練習もしてきたでしょうし、体調もおそらく体形維持とかも真剣勝負でしょうし。

 

プロの俳優さんだから当然と言えば当然ですが、でも普段の生活に落とし込むと、なかなかこの当たり前でないことなのです。

 

応援を集める人って、大なり小なり同じことなのだと思います。自分の正義というか、譲れない線を明確にして、でもだからこそ相手と一緒に時空を盛り上げることをちゅうちょしない感じでしょうかね。

 

人って、いやいややっていることや不安に思って行動していることは、ちゃんと回りの人に伝わる気がします。私の場合もこれに類することを以前少しだけ経験したことがあります。

 

私が前に、本当に楽しんでにこにこしながらお話しているときは、集まってくださった皆さんも「うわ~、カントリー姐さんって本当に楽しそうに語りますよねえ。やっぱり語ってくれる人が心から楽しそうにしていると、自分もなぜか楽しくなってきます」って言って下さっていました。

 

楽しさって、楽しさの輪が相手に伝わって、その威力が増幅するのだと思うのです。受け取り手がいればいるほど、楽しくなりますよね。お祭りが楽しいのはそういうことなのだろうと思います。

 

もちろん人生ですので、毎日が祭りではなくて、ほとんどは下準備の日程だろうとは思うのですよ。でもどんな日常でも、小さな小さな目に見えないくらいの小さなお祭りをやっているような感じだろうと思うのです。

 

応援の集まる人のやっていること、ほんの少しだけ意識すればいいのだと思います。最初はスムーズに行かないことであっても「意識して練習していれば」、ちゃんと応援してもらえる人用の心の筋肉がついて、いつでもできるようになるのだと思います。

 

楽しもう今を、この瞬間を。そして目の前の人に楽しさを手渡してともに喜んでいれば、やっぱりそれこそが「心に残る」瞬間であり、「心に残る人」になることなのだと思います。

頭の中のメガホンをオフにしてみると、人生とっても楽になります

f:id:seiransha:20170531210752j:plain

今日は大学院の授業中、あるびっくりな気づきがありましたのでシェアーしたいと思います。

 

大事件というほどでもないのですが、まあちょっとした事件が起こりましてね。はは~ん、私は普段いかにも脳の力を使いこなせない状態で生きているのだなということがよくわかりました。

 

本日のお話は、「頭の中のメガホンをオフにしてみよう」です。

 

その無用なメガホン、捨てましょう事件

それは今日の5時過ぎのこと。大学院ではちょうど5限目の授業の真っ只中でございました。医学部の校舎ですので、結構人がわさわさいます。医学部生って5限目が普通にあるようです。日中とかは教授先生方は大学病院で診察されてたりしますので、その影響なのかもしれませんね。

 

私の所属する大学院は連合大学院でして、遠隔会議システムを使った授業を行っています。教授やほとんどの同学年の皆さんは画面の向こう。スピーカーの音を耳をそばだてて聞いている私です。そこで事件は起こったのです。

 

カシャリと音がして、おそらく学務の方から大音量で学内全館放送が入りました。「皆さんにお知らせします。本日午後6時より~~~………(略)学生・教員の方はぜひお越しください」等々。

 

内容は本日の6時過ぎに附属病院のどこかで、多分とても有名な学外の教授先生がいらっしゃって講義をされるということでした。6限目がなければ私も行きたいなあと思ったのですが、今日はその6限目もばっちり予定されています。

 

さてさてこの状況、アナタに伝わるでしょうか。私の頭はパニックですよ、もう。私は授業中で、こちら側からの音声はオフにしていました。当然、遠隔地の教授先生には伝わらない状態なので、授業はスムーズにそのまま進行しています。

 

そこへ天井から大音量のスピーカー音。まったく先生の言葉が聞き取れません。たぶんトータル1分かそこらの短いアナウンスだったと思うのですが、私の授業、パーですよパー!

 

いえ授業は破たんしていなくて、聞き取れなかった私の心が穏やかではないというだけなのですが、この心が不安定なのが大問題なのです。心が不安定ですとね、どういうことが起こるかというと、なんと見事に「その人が持っているスキル」の精度ガタ落ちなのです。

 

今回のことを考えてみますと、つまり私は学びの時間にもかかわらず、学ぶための脳の力が吹っ飛んでしまったのですね。その後も平常心を取り戻すのに数十秒はかかっていますので、その間の内容も私には定着していないことになります。

 

結局アナウンスは一回ではなくて、5時半過ぎにもまた流れました。私としても力を入れて学んでいる授業でしたので、これでまた後日ビデオ講義を見直すことが決定しました。中年女子、時間こそがこの世の宝なのにです。でもこのまま中途半端にするほうが精神衛生上よくないので、意を決して見ますけれどもね。

 

さてここまでお読みの皆さん、もうお分かりですね。特に手帳術流をご存じの方は、はは~ん、今日のリュウコさんは何を言いたかったかわかっちゃったよって思われていると思います。

 

そうなんです。自分が集中して考えるべきあるいは聞くべき言葉があるときは、頭の中の余分なメガホンをオフにしてないと、聞き取ることも考えることもできないという現象が起こるのです。

 

人間の頭ってね、考えることをやめることは出来ないのです。一瞬たりともストップできないのです。だからこそ、本当に考えるべきことに集中するためには、それ以外の考えなくてもいいことを「バックアップ(メモ)をとって思い切って忘れてしまう」ことが必須。

 

今回は物理的な音声でしたが、心の声ってね実は外からの音よりもはるかに大音量で、思考をかき消してくれるのです。怖いでしょ。学んでいる途中に「あ! おしょう油買わなきゃ、卵も切れてたわ」なんて思ったら、耳元でメガホン状態より状況悪いのです。だってこの場合、思考を使っていますものね。

 

雑多なことに脳を使わないのです。それが本当にその人の持つスキルをアップさせる大事な要素なのです。思考の処理を早くするために、何を自分が学び、なにを優先して考えなければならないかをいつも明確にしておきましょう。

 

マルチタスク人間で生きていけるのは、この世でたった一人、聖徳太子さんだけですね。ははは。私には出来ませんでした。

 

その時その時、向かう目標は違います。でもいつも同じことが一つ「どうでもいいことに思考の力を持っていかれないためにも、頭の中の余分なメガホンは捨ててしまいましょう」です。

 

さて今日のお話、誰か一緒に喜んで使ってくださる方いるかな。最近ぼちぼちとブログの話をシェアーし楽しんでくださる方からアクセスがあって、私とても嬉しいです。本当にありがとうございます。

一流の人になれる唯一の方法を、今日からワタシも使ってみよう

f:id:seiransha:20170530123050j:plain

出発地点がどこであっても、誰であっても一流の人になっていく方法がこの世の中にはちゃんとあります。もちろん専業主婦からであっても何も心配することはないということに、最近気がつかされました。

 

そんなに難しいことではありません。ただただ、「イマココ」を知って使いこなせるかどうかだけなんです。これさえしっかり使っていれば、なぜか応援してくれる人も、そして導いてくれる人も出てくるのです。

 

では今日は、イマココとは何ぞやのお話をしましょう。

 

この世の中で、どうしても自分では作れないモノとは

私、人生ほぼ半世紀近く生きています。これだけ長い間生きてくると、完成度さえ求めなければたいがいのモノは作れるようになります。タネをまいて、実りを増やすこともできます。

 

人間関係であっても、自分がオープンマインドでにこやかにしていると、ちょっとしたきっかけでどんどん人との輪は作れるようになります。お金だって、働けば手に入りますものね。

 

そんな中で、どうしても人間がすり減らすことしかできないものがあります。なんだと思います?

 

そうです。時間です。

 

物質的にこの地球に生まれてきた以上、いつかはラストデイがきます。やはり年齢的に、残された時間をすごく貴重だなと思うようになりました。時間こそは、意識して使わなければまるで両方の手から落ちる砂のように、さらさらと流れ落ちるだけなのです。

 

最近平日は毎日、大学院で授業受けておりますでしょ。一流の先生方の考え方や研究への取り組みを買い参ることが出来るわけです。そうするとね、ある事に気がつきます。先生方は圧倒的に、「集中することの大事さを知っている」のです。意識して時間の使い方を考えて行動している気がします。

 

焦りを伴った集中ではなくて、「自分の思考、感情、感覚すべてを居心地よい状態にキープしながら、対象へ注意を向け続けている」という感じでしょうか。

 

えっと、そうですねたとえ話しましょう。私、仕事終わってから大学院の授業を受けに通っているのです。ほぼ毎日5限目があります。16時20分から一時間半です。その後6限目があれば19時半までの授業です。

 

ほとんどの講義、パワーポイントスライド60枚とかの授業なんです。怒涛のように先生の言葉が降ってきます。陽気が良いとまぶたが重くなってもきます。そしてふと「今日の夕飯に何買い物しなきゃいけなかったっけ? 玉卵を買わんといかんわ」などと考えると、さてどうなるでしょう?

 

そうなの。見事に5秒ぐらい意識が吹っ飛ぶのですね。5秒あると教授方の発言が相当吹っ飛ぶのです。こうなると、その後の授業に理解が難しい場所が出てきて、結局後日に同じ講義の週力講座を見て理解をしなければなりません。(ええ、ターン末にはレポート提出や試験も予定されてるらしいです)

 

この煩悩多き私の頭、何とかしたい! いつも思います。主婦業やっているから、一度にたくさんのことが出来るワタシってすごい~という幻想を今まで楽しんでいました。が、ホント実は、マルチタスク人間てあまりよくないのです。これは心理学の実験で確かめられています。

 

一流の人間ってどういう人かと言いますとね、生産性を上げてかつ、誰とも違う創造力のある人間なのです。クリエイティブな人ほど時間を有効に使います。集中して「今自分がどこに生きているか、何が重要で何をすべきで何をしているのか=今ここにあることに集中する」時間を生きている人なのです。

 

自分が集中すべき場所に、体だけでなくてなにより心がしっかりあること。何よりも求められる大事なことです。空想を楽しむ時間と決めたのなら、それをすればよいのです。自分の決めたことから自分の感覚を手放さないということです。

 

この感覚をしっかり身につけるのに、ヨガとか太極拳とか瞑想もそうですね、いろんなメソッドがあります。好きなモノをやればよいと思います。一番簡単にできるのが、この間からお伝えしている……と思った作戦ですよ。

 

あとね、一流の人達って自分の両の手を伸ばしてその範囲内に入ってくる人を、とても丁寧に扱っています。遠くに自分の意識を飛ばしてしまうのではなくて、いつも今ここを生きているからなんでしょうね。こういう方々と目の前で話をしていると、ホント居心地良いですもの。これこそ私も真似したいことの一つです。

 

将来に素敵な自分になりたいと思ったら、やはりブロックを一つ一つ積み上げるように行動する必要があります。なりたい自分になるための期限を引いておくといいと思います。その時期に間に合うように、「今できることを楽しそうに全力でやってみる」だけで、必ず昨日とは違った場所へ移動できますものね。

 

 

未来の自分を支える大切な質問を、一つだけ

f:id:seiransha:20170529190814j:plain

素敵な未来をどんどんと引き寄せていく人になりたい。もしそういう思いを持っているとしたら、お届けしたいお話があります。

 

自分の未来をぐっと引き寄せるために、知っておいて欲しいこと。自分が自分を幸せにするための大切な考え方です。

 

今日は、私がどん底の気分から立ち上がるために苦闘していた時に、とっても有効だったあることのお話をしましょう。

 

だって自分を喜ばせなきゃ!

このお話は、今から少し前のコト。

 

当時の私は自己表現も下手で、その割に高飛車で、かなり孤立した人間だったように思います。あ、今でも全然立派ではありません。ですが、なんと申しますか当時はおそらく、体は成人しているのに心や頭はとっても未熟な人でした。

 

人間関係も気がつくといつも悪くなってしまっていてね。何しろ私の心がネガティブなので、行動までネガティブになっていたと思うのです。

 

そういう私を少しずつ救い上げてくれた質問があるのです。地道にでも確実に、私を根底から押し上げてくれた考え方があります。

 

それこそがこの質問です。

「今日、自分を喜ばせるためにどんな行動をしましたか」

 

はい、毎日一日の活動が落ち着いた時間に自分にそっと聞くと良いですよ。手帳術流をご存じの方は、ぜひこの質問もノートのどこかに書いておかれるといいですよ。

 

私が知っている数々の素敵な先輩方は、とっても自分のことを大切にしています。心地よいモノを知って、まずは自分に使います。十分に堪能して良いなと思ったらそのうえで「これよかったから、リュウコちゃんも使ってみるといいかもよ~」と声をかけてくれたりします。

 

大学院の勉強でもそうです。大学の先生方、徹底して研究してこれは良いと思ったら、全力で講義の中で最新の療法や世界的な情報などお勧めしてくれますし。私から見ていると、研究って本当に命がけなのだと思います。先生方も、苦痛で仕方のないことに命かけられませんから、やっぱり自分を喜ばせるために真剣にやったことで、人に好影響を出しているのだと思います。

 

今から書く話は、私の人生の師匠と仰ぐ人が以前に語ってくれたお話です。

 

その方は言いました。人は、「ないものはおすそ分けできない」からまず自分が持っている人になりなさいと。世の中に幸せ届ける人になりたいなら、まず自分が幸せにならないとねと。そして、たとえ話を使って、さらに私に明快に教えてくれました。

 

「お魚が取れすぎたときに、隣の家にも、そのまた隣の家にも配るでしょ。おいておくと悪くなっちゃうから。でもそういう時に、自分は余っているからもらって欲しくて配ってるよね。もらってくれてありがとうと言う気持ちで配っているよね。でももし無いのに配ろうとしたら、リュウコさんどう思う? ないのに無理やり配ると、心の中でこんなに自分はひもじくて無理してるのにって恨みの気持ちになるかもしれない。だったら、まずはリュウコさんが自分を幸せにして、余力で笑顔でも幸せでも配りまくればいいじゃない!」と。

 

そうなんですよ。私はその時にすごい良いこと聞いたなあと思いました。本当にそうなんです。自分をまず徹底的に喜ばせて幸せにして、自分を十分にかまってあげてその後、人にアプローチできる人になるのだと思います。

 

今はまだ繭の中にこもっているような自分かもしれません。社会に対して手も足も出ない気持ちかも知れません。でも人として生まれてきた以上、自己実現をしたいということはナイことにはできないのです。

 

未来の自分は、幸せな気持ちの中で自分のやりたいことを周囲の人と喜び合いながら成し遂げていきたい。だとしたらまず、徹底的に自分を喜ばせる思考をしよう。自分をケアーする日常を送る必要があるのです。

 

今日からぜひ、アナタの心のメモ帳に書き留めて、そっと自分に聞いてみてください。「今日一日の中で、私は自分のために、どんな自分を喜ばせる行動をしたのだろう」と。

 

この質問を続けていけば、きっとじわりじわりと、明るい心の風景が広がっていくことが感じられるようになりますよ。

心の引き出しに余分なものを入れないと、なぜかダイエットできるようです

f:id:seiransha:20170521140847j:plain

昨日ふと気がついて、久しぶりに体重計に乗ってみました。そこで出会ったのは、数字よりも驚愕の真実でした。

 

そういえば皆さん、体重計の性格って知っていますか。はい、正確の打ち間違いではなくて性格です。彼らはとてもさみしがり屋で、かまってくれない人にはすねるんです。

 

毎日乗っていると喜んで数字を少なくしてくれるのですが、たまに乗るだけの人には増やしてくれます。おとぼけしてくれるかわいいやつらです。

 

私の家の体重計は、いっつも私に増加した数字を見せてくれる子だったのです。ところが、今回あれ?ダイエットしてないのに、減り傾向ではありませんか。私は普段お菓子魔人な人ですが、そういえばむやみやたらな間食が減っているかもねと思いました。

 

心の引き出しに余分なものを入れないと、変わりますよ!

体重が減ったのは、忙しすぎるから? と言われるかもしれませんが、事実は違うかなと思います。5月の中頃までは確かに、仕事終了→大学院まで走る→平日はほぼ毎日2コマ受講→土日もなにかある状態でした。でもその間は、体重全く変化なしでした。

 

でもこの間、大学院で学びがスタートした心理学の授業の内容を実践することで、どんどん自分の心が落ち着いてきているのが感じられてはいました。その効果が出てきたのがここ1週間ぐらいなのだろうと思われるのです。

 

私が先日ご紹介した「……と思った!」について皆さんご記憶にあります?

seiransha.hatenablog.com

 そうそう、↑ この記事です。ここにやり方書いておきましたから、未読の方はぜひ。

 

人生って山あり谷ありで、そうそう毎日人とのコミュニケーションが絶好調に進むというわけでもありません。職場での作業で失敗したかなと落ち込んでしまうことも、当然何度もあります。そういう時には、頭の中でぐるぐると自動思考が湧き出てきますので、最近は私、必ずこの記事で書いたように「……と思った!」と繰り返しています。

 

今では、「……と思った!」ワークを4週間ぐらい続けていることになります。時間を追って私の変化をみてみましょう。

 

◇一週間目 脈拍がスムーズにゆっくりになってきている気がする

◇二週間目 明らかに笑顔で一日中過ごせるようになってきている

◇三週間目 家の横っちょのスーパーで、駄菓子を買い込む量が激減した

◇四週間目 いくばくか体重減

 

はい、やっぱり私の場合、お腹すいたからお菓子を食べていたのではなくて、脳が食べていたということがよくわかります。

 

こういう時の食べ方は、目で味わっていません。目は本を読んでいたり、テレビを見ています。食べのもの顔を見ないで、手で自動的におやつを口に放り込んで、味わいもせずガリガリと食べているから、良くないのです。

 

脳の活動のためにエネルギー補給はいりますが、栄養として脳は食べてなかったのです。じぶんの頭の中に勝手に湧き上がる「私ってダメな女」という映像が、おやつを過剰に欲しがっていたのです。まさに心のすき間を埋める食べたかだったのでしょうね。

 

心の中から、余分な思考や過剰な欲望というタイプのおもりがなくなると、目で見て香をかいで食感を楽しんで食べることが出来るようになるようです。

 

本当に目の前になにか敵が存在するわけではなく、ただ心がビジーな時は要注意。仮想の敵に対して、「認められたい、逃げたい、やっつけたい、先に行きたい」とけんかを吹っ掛けているときは、豊かさを味わうことは出来ないのです。

 

心に余裕を持てばよいとは、ずっと聞いていました。でもその話を聞いても、私は今までずっと勉強不足で、では実際にどのようにやればいいのかピンとは来てなかったのです。

 

瞑想しようにも、バカスカ余分な自動思考が頭の中にもくもく湧き上がってきていましたからね。そういうものが、過去の失敗などを芋づる式に引っ張ってきて、心の引き出しがあふれちゃっていたのですね。

 

ももう大丈夫。毎回「……と思った!」と付け加えることで、自分の体の中から自分を見るのではなくて、自分の頭の外から自分の思考を眺めることが出来るようになりました。

 

そうすると、自分を見ながら「ああ、心の引き出しあふれかえっているわ、もう余分なことは考えるのをやめてやるべきことに集中したほうがいいな」とわかるようになります。客観的に自分を見ることが、どんどん楽になってきます。人からの批判や注意も、事実と感情を切り離して考えられるようになるので、聞いても心がパンクしそうになることは減ってきましたよ。

 

どうです、もし私と同じように女性のお年頃で心の不安定さから過食気味になっている方。一緒に「……と思った」ワークやってみませんか。きっとアナタも、自分本来の一番リズムの取れる自状態に戻ることが出来るようになりますよ。

欲しいモノが自動的に届くようになるために、今の自分が出来ること

f:id:seiransha:20170526084628j:plain

欲しいモノが自動的に自分の元に運ばれてきたら。なんて素敵だと思いませんか。

 

とてもありえないことだと、以前の私は思っていたのです。そういうミラクルなことは、よほど恵まれた人にしか起こらないことだと考えていました。

 

でも最近の私、もしかしてとても単純なことで、誰にでもできる簡単なことなのだと思うようになりました。なぜ思考が変化したのですかって? 今日は私のちょっとした経験からのお話です。

 

美味しいモノ好きなものを言っておく

先日のことです。大学院の授業が終わって、大急ぎでスーパーマーケットに駆け込みました。お総菜売り場やパン売り場には、閉店間際で価格オフになったものがいくつか並んでいました。

 

空腹に耐えきれない気持ちの私、ついお総菜パンの詰め合わせに手を伸ばしたのです。5種類ぐらいのパンが無造作に詰め込まれていました。

 

お夕飯用のお野菜や翌日のお弁当向けの食材も買い込み、意気揚々と帰宅しました。私とほぼ同時刻に帰宅した息子くん、机の上のパンに目を止めて開口一番にこういいました。「うわ~、僕、カレーパン好きなんだよね!」

 

母ちゃんびっくり。息子ちゃん御年17歳、彼がカレーパン好きだなんてこの瞬間まで知らなかったのです。そうなのね、好きなら今度から意識的にカレーパン入りを選んでくるわ~と思いました。

 

そう言えば似たようなシチュエーションが、10年ほど前にありました。連れ合い君と結婚して10年くらいたったころの事、たまたま彼の実家に遊びに行っていた日の夜の事です。

 

私がお食事当番で、たいしたものは作れないからとマーボー豆腐で食卓をごまかそうとしました。夕食のテーブルのセッティングが終わって家族が集まり、夫の親族がこういったのです。「ああ、○○(夫の名前)は、マーボー豆腐好きだものね」と。

 

その時も驚天動地です。だってハトに豆鉄砲レベルの状態ですよ!10年一緒に生きていて、全く知らなかった事実! どうしてくれましょう。

 

あとで連れ合い君に詰め寄りましたが、彼はあまり食にこだわらない人なので、なぜ私がプンスカしているのか理解できなかったようです。うふふ。でもその後、困ったときはマーボー豆腐ということで、我が家はとても平和になりました。あ、でもお食事メニューが毎日のように同じだとかえって嫌いになっちゃいますので、適度がよろしいですがね。

 

さて、今のお話でもう何となく伝わりましたよね。そうなのです。好きなものは「好き」と言っておけば、これから先は自動的にお届けされる仕組みが出来上がってしまうのです。

 

基本人って、なにか目の前の人に役立つことをしたいのです。特に料理とか作る場合とか、プレゼントをお持ちする場合、その方に喜んでほしくてする部分が大きいと思うのです。いかがですか? 思い当たる感じしますか。

 

幸運とかラッキーとか呼ばれるものも、実はすべて「自分にとって関わり合いのある方が、自分のことを覚えておいて、わざわざ運んできてくれる」ものだと思うのです。お金であっても、人脈であっても、プレゼントであってもすべては人の手を通ってやってきます。

 

ワタシという人が、こういうものを欲しがっていると知ってる人から、届けられる素敵なものなのです。虚空から湧き上がって降ってくるものではないのです。

 

だからね。意を決していつでもどこでも「自分の好きなものに出会ったら、喜びを表現する」っていうのは、大正解だと思うのです。

 

手に入れられないからといってイソップ童話の狐のように、「あのブドウは酸っぱいにちがいない!」ってすねているのは、良い戦略ではありません。ああ、美味しそう~っ欲しいよ~って騒いでいた方が、手に入る確率高くなりますものね。誰か背の高い人が通りかかる可能性だって否定できないのですもの。

 

好きな事、やりたい事、なんでも表明しましょう。言っておくのです、そうすれば誰かの記憶の中にアナタが格納されて、その記憶がいずれ花開いてプレゼントに化けるかもしれませんから。