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アトリエのちいさな窓から見た景色

転勤族家族なので、日本中が出没区域。小鳥ラブ。お料理と読書が最高に好き。海外旅行は人生の燃料。表の顔は、消費生活系・法律系の問題解決ご案内人。弁護士先生の知り合い増えてきました。裏の顔は、社会人大学院生。博士課程へこの春から進学します。専門はコミュニケーション支援学。自閉症について研究中。コメント大歓迎です。

凡人を自覚した後は、お得な生き方が待っている。

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1000年の昔から変わらない真実って、やはりあるのだなと最近痛感しております。

 

兼好法師よ、アナタは本当にすごかった! そうです、皆さん学生時代に徒然草、泣き泣きでも授業でやりませんでしたか? あの草紙に書いてあることは、まごうことなき真実でございましたよ。

 

凡人だと自覚した後は、こんなに幸せに豊かに生きられるというお話を書こうと思います。今日の話は、できることなら10年前の私に届けたいな。

 

図書館は瞬時に回答をくれた

先日、配属大学から学生証が届きました。私たちは身分としては、主幹大学院の学生ではあるのですが、実際に主に通うというか配属研究室のある大学院の学生証も持つことになります。(生協とかは主にこちらで利用しますしね。図書館もね。)

 

意気揚々と、早速こちらの大学図書館に文献コピー依頼を出しました。ええ、海外の論文を一本入手したかったのです。私の担当教授曰く、「自分で雑誌にオーダーを出せば場合によっては数千円しますが、図書館を通じてコピー依頼をかければ数百円で済みます」と。

 

社会人大学院生とは言え、私は非常勤のパートさんですから収入は限られております。当然お値打ちに入手できれば、それに越したことはございません。さっそく医学図書館に出向き、文献入手のガイダンスを受けました。

 

文献入手については、昔と違って21世紀の世の中ですので、図書館でペンで何かに記入するのではないのです。大学のIDを使って、ネットシステムで自宅からでもアクセスできます。

 

オーダーをかけて翌日、さっそく図書館から返事が来ていました。

 

なんと! 図書館の司書の方が調べてくださった結果、私の欲しい情報はネット上で無料で入手可能とのこと。そのデータを添付して私に送ってくださいったのです。雑誌もエイゴですから、当然文献も英語です。司書さんそのデータを読みこなして、過不足なくデータを入手してくださってました。

 

脱帽だと思いました。プロは仕事が早い! 正確! 確実!

 

大学院に正式に入るということは、確かに授業料など目ん玉飛び出すぐらいはかかります。でもね、こんなプロが要所要所で働いているすごい場所なのです。以前から大学に籍があるということの最大のメリットは、図書館や学内システムを使えるというkとおだとは聞いていましたが、はいまさにその通りでした。

 

私の指導教官はその分野では日本第一人者の方なので、情報を持っていない訳ではありません。内容についてはもちろん、誰よりも深く理解している方です。が、司書さんは探し物のまさにプロ。教授の知らないような場所でも、サクサクとアクセスし仕事をしてくれるのです。

 

私はネット検索は割と好きで、自分で航空券や海外ホテルの手配はしてしまう程度にはウェブには慣れています。が、司書さん方の前では、児戯に等しいなと自覚。

 

この探し物をするときの力については、実は同じような経験を最近しています。プロの翻訳者の友人がね、やはり似たような感じなのです。

 

例えば簡単な単語一つであっても、日本語と英語の対応を徹底的に辞書で調べたりしています。場合によっては、それこそ医学部図書館へ出かけて、専門書や最新の医学雑誌を調べています。なんというか、ちょっとでも疑問が出てくると、取りこぼしない捜索をするのです。だからプロとして認められた仕事ができるのだと感じています。

 

800年とかの昔、兼好法師は言いました。「何事も先達はあらまほしきもの」と。自分よりわかっている人がいるのです。この世の中のすべての仕事を、全部自分でするよりもはるかに、自分が凡人だから教えを請おうと思った方が豊かに生きられる。

 

自分にとって知らないことは山積みの世の中なのです。でも、すでにその分野で、プロはちゃんと存在しています。ほとんどのこの世の中の現象って、誰にとっても、自分が劣っているから知らないのではないのです。「ただ今まで行ったことのない場所だから、今まで使っていなかったモノだから、今現在知らない」だけ。

 

でもはるかに自分より優れた手腕の人がいるなら、自分の努力を上回るスピードの助けが使えるのなら、堂々と尊敬の気持ちをもってその方の腕を使えばよいのですね。(プロの仕事には、もちろん対価は払います。私の場合は、大学院入学金とか、授業料とかいう名目ですね)

 

自分が主婦の時にね、こういう「プロをリスペクトして、プロの力を借りる」ことをもっとやっていたら良かったなと、少しだけ後悔しました。何でも自分でやらなきゃ! って片意地張りすぎていたと、幾分反省の気持ちです。

 

もちろん自分でやれることを、すべて人にやらせろということではありません。今の自分がひっくり返ってもできないようなことは、出来る人の力を受け取れということです。今回の場合、論文を読み込んで次に活かす行動に移すのが、私の勉強上の仕事です。探し物で力を使い果たしていたら、それこそ元も子もない状態です。

 

たぶんね。この年になっても、ひよこヒヨコしている自分ではありますが、何かの分野では、誰かの役に立つ仕事をできてるのかもしれません。まあ、実際には出来ていないから今こうして四苦八苦して学んでいるのですが。希望は失わず、やはり私は切磋琢磨いたしましょう。

 

いずれ、こういう私を導いてくださる方々を、私が道を作ってご案内できるようになる日のために。今は凡人を自覚して、ありがたくお力を借りようと思います。

 

本当にね、思い切って大学院に来てよかったですよ。「自分が、自分が」という浅はかな思い込みを、すっぱり捨てることが出来たから。そしてそのおかげで、こんなに豊かでスムーズに歩ける道に、導いてもらえたのですもの。

年齢を超越する生き方をする人が持つ、すごい共通点

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私には何名か、「心の姉・人生の師」と慕う方がおります。ええ、実は年上の方ばかりではなく、年齢の近い人や、中には年下の方もいらっしゃいますが。

 

見た目も若々しい人が多いですが、なにより皆さん、その内面のフレッシュなことと言ったらありません。そして、ここ数日出会う教授方も、女性男性を問わず、内側から光り輝くようなパワーをお持ちです。

 

こういう人々、ある絶対的な共通点があります。今日はその、共通点について考えてみました。

 

見習うべきはやはり好奇心

今日は2コマ受講の日。うち一コマは、細胞のお話でございました。昨年日本人受賞で話題になったノーベル賞のオートファジー理論についてもお聞きできたので、とてもお得な気分です。

 

聞いていると言っても、単位がかかっているのでうかつに睡魔と仲良くなるわけにはいきません。そういえば30年前に生物でやったな~、ミトコンドリアだのゴルジ体だの懐かしいな~などと、悠長なことを言っていると、オダブツです。高校時代だったら2か月ぐらいかかりそうな内容を、1時間半で突っ走りますので、全力でついて行くしかありません。

 

でもね、やっぱり今日も思いました。教授方ってとことん頭いいのよねえと。なにしろ本当に「わかっていない人にどう説明すればわかるのか」を熟知しています。これは、確実にその語る内容を理解していないと、出来ないことなのです。

 

細胞の機能一つ一つを説明なさるのですが、本当にわかりやすい。徹底して、私たち普通の人間が聞いてすぐわかるだけの日常の生活に動きに落とし込んでお話なさいます。

 

例えば細胞核とは何ぞや?とかの場合、先生はこうおっしゃいます。「あれは巨大な図書館なんですよね。設計図がいっぱい入った本が、無数に集められている場所であり、たくさんのコピー機も用意されているんですよ」という風に。その瞬間、この30年前の学生でも、瞬時に働きが理解できます。だって知ってる場所だから、絵が脳内に瞬時に出てくるからです。

 

先生方、どうやって説明したらいいのかを常に考えてらっしゃる。相手にわかりやすい説明を、相手の脳の実力に合わせて選び取ってくる。ということは、普段から身の回りにあることを「興味津々」で見まわしているということです。好奇心旺盛に生きているということなのです。

 

この好奇心。絶対条件なのだと思います。私の師たる方々、皆さん年齢も性別も容姿も住んでいる場所も違うのに、この一点「好奇心を手放さない生き方」は共通しています。

 

知ることを楽しみ、知ったことを使うことをもっと楽しんでいる。そうなんです、人生のどんな瞬間も、「今の自分にできる最大のお楽しみの時間」に変えようと、皆さん努力してらっしゃるのです。

 

大人になって以降、やっぱりね自分の人生を楽しもうとするには、努力いるように思います。自分が不機嫌で居心地わるくしている場合、赤ちゃんのときなら全力で誰かが面倒見てくれましたけれども、ある程度大きくなればもう自分で自分のハンドリングをしなければなりません。

 

楽しく居たいと思ったら、どうやってしても自分から「楽しそうに行動すること」しか方法はないわけです。その時にね。好奇心という心さえ手放さなければ、どんな行動も「知りたいから行動している」ので、苦痛ではないわけです。

 

そうして生きていると、いつの間にか教授たちのように、どこかずっと少年のようなそして少女のような、フレッシュな透明な風を漂わせる清々しい人になっていくように思います。

 

赤ちゃんこそ天才。その時のあの驚きに満ちた好奇心いっぱいの目を、もう一度私も思い出して記憶の底から取り戻して使いたいものだなと思いました。

 

それにしても、たとえ話が上手な人はすごいですよね。私も毎日毎日、目を皿のようにして、耳をダンボのようにして、気持ちを楽に体をリラックスさせて、そのうえでいろんな情報を集めてものにしていく生活をしようと心に決めました!

 

 

 

大人になっても、自分が「伸びる分野」を簡単に見つける方法

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大学からの帰りの長い坂を歩いていると、ふと今日の出来事が思い出されます。そしてまた新たな気づきに出会います。本日ご担当の教授はこうおっしゃいました。「もえますねえ」と。

 

さて、もえることと伸びる分野にはこんな関わりがありますというお話を始めましょう。

 

困難なことに直面したときこそ、伸びる分野が理解できます

今日は母子保健の講座で、遺伝病を中心としたお話でした。先生方はオムニバス方式で入れ替わる講座です。つまり、一つの教科の中で、ほぼ毎回のようにご担当の先生は変わり、それぞれのご専門分野とその関連ある事柄についてお話になるのです。そりゃごっつい難しくもアリ楽しくもあり。

 

講座を始めるにあたって、受講生の我々に教授がご質問になったのですが。見事、すっとこどっこいな回答のオンパレードでした。それを聞いて教授(私より5か10か上の男性です。そして真正の関西弁です)即座にこういう意味のことをおっしゃったのです。

 

「まあ! なんと皆さんの回答ユニ~クなこと! 出た答えなの中で合っているのは一つあったかな。ここまですごい(つまり全然この受講生わかっていない状態である)と、やる気でもえますね」と。

 

私の出した答えはこの珍回答の中でもとりわけ赤面レベルでしたので、頭を抱えてお話を聞く羽目になりました。うふふ。でもいいのです、今日そのおかげで、また一つわからないことがわかるようになりましたし、今後この分野のお話を興味津々で聞くことが出来るようになったのですから。

 

この教授の発言が、私たちにとても大事なことを教えてくれています。

 

そうなんです。困難な事、スムーズでないことに直面した時に、自分の心の中で「うわ~なんかこれに挑戦するってもえるわ!」と思うような分野が誰にもあるはずなのです。

この挑みたい! と思うような分野、それこそが私たちにとって「伸びしろ十分な分野」なのです。

 

例えばね。お菓子作りの好きな方は、ちょっと手の込んだケーキの作り方を見て、間違いなく「もえる!」でしょう。編み物の好きな方は、複雑な編み図を見てやっぱり「やる気があおられるわ」と思うでしょう。

 

少しだけ難しそうな事を見たときに、やってみたい、それこそチャレンジし甲斐があるのよと思ったものは、絶対に自分の力になるフィールドです。だって、興味があるからもえるのです。そしてチャレンジし続けるだけの好奇心があるということなのです。

 

伸びしろは、好奇心というエネルギーが必須ですものね。

 

教授は「今までまったくこの分野に接したことのない人に、いかにわかってもらえるように話そうか」ともえたのです。この先生、本当に素晴らしい教育者だと思いますし、医師としてもやっぱり尊敬できる先生だと思います。普段から、医学に関して全くの素人である患者さんやその親御さんに、わかりやすく丁寧にお話をされているのが、目に浮かびます。

 

ちょっと困難さを感じた瞬間、水をざばーっと浴びたようにしれ~っとした気分になるのではなく、「だからこそやってみたい」と思うものを探し出しましょう。必ずそのチャレンジの心を忘れず、切磋琢磨していけば、いずれその分野は自分の得意フィールドになっていくはずです。

 

日常を生きていると、困難さや、ちょっとしたお試しが来たなと思うことがあります。ええ、時空からお試しされているときは、少し前までは私は打ちのめされたような気分になっていたものです。が、最近の私は全く違います。強くなったというより、考え方を少しだけ変化させたのです。その困難さこそ「自分の力になりうることなんだ」と思うようになりましたし、本当に乗り越えられるような気持ちでもあります。

 

燃えるという度合いもね、必ず100%もえるというものだけが、得意分野になるのではないのですよ! すこしでも「やってみたいな」と思うレベル、つまり燃え度が3%でも10%でもなにか熱を感じ取ることが出来れば、ゴーサイン。

もともとちょっと困難な事なんですもん、失敗は当たり前設定で、でも前に向かって一歩進む。それでいいのだと思います。

 

寝る前にすこし、一日のことを思い出し振り返る時間があるといいですね。その時に、じゃあ次の日に今日と同じなにか困難さを感じたときに、より前より楽に乗り越えられるようになりたいなと思ったことがあったら、きっとそれは出来るようになりますから。

  

さて、明日の私は、あれとこれともえてみたいものがあります。つまり、それほどたくさんの失敗をこの24時間の間にやらかしているということです。でもだからこそ、まだ私には伸びしろ十分。だってわかりたいんですもの。できるようになりたいんですもの。

 

生きている実感は、明日の自分を期待することからです。ふとした瞬間に、「なんかもえる」感じがあれば、きっといつの日にかまさにその分野で、ぐっと伸びた自分になれるはずです。

お子さんの学力アップを望むなら、一枚の絵方式が有効です

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最近とても面白いことがありましたので、ご報告しようと思います。

 

記憶と学習の法則についてですので、もしご自身の記憶力アップやお子さんの学力アップをお望みでしたら、お役に立つかもしれません。名付けて「広告の裏」方式。インパクト方式とでも言ったらもっとわかりやすいかな? あるいはかえって混乱しちゃいますでしょうか。

 

うふふ。では本日のお話をゆるりとお楽しみくださいませ。

 

記憶力アップはインパクトを利用しよう

人は普段から、本当に驚くべきほど多い情報の中で生きています。もし毎日をビデオ撮影していたら、色や形、音、あらゆるものが洪水のように押し寄せてくることに気がつくでしょう。

 

そんな日々の中で、覚えたいことを覚え、またその覚えたことを思い出したいときに瞬時に思い出すようにするために、私も葛藤していたりします。

 

私は実は、人の名前を覚えるのがとっても苦手。でも今回、大学院の学友の名前を覚えるのに、記憶術の一つを使いましたら、なんと瞬時に覚えることが出来たのです。そして思い出すのも楽でもう忘れません。今日はせっかくブログにお越しのアナタに、その方法をご紹介しましょう。

 

お名前そのものはさすがにブログでは書けませんので、例でご紹介しますが、やり方は同じです。

 

その方が、「富士さん」としましょう。自己紹介なさるときには、漢字はわからず「ふじよしこ」さんとご紹介になったとします。私は今回こそ名前を瞬時に覚えるあの技を使おうと思って実行してみました。

 

私→「あ、ではルパンの峰不二子の不二ですか?」

学友→「いいえ、日本一の富士山の富士なんです!」

そして私は、その方と富士山をばっちりとリンクさせ、いつでも取り出しやすい形で脳の中にお名前を格納することができました。

 

そうなのです。記憶には、インパクトと感情を使うのです。私はかなりアニメ大好きだった人ですので、ルパンも好き。フジといったら、峰不二子がパッと出てきます。その音とフジをまずリンクさせます。

 

でも今回、本当の字は富士。その方は必ず、私の言ったことが間違いならば訂正なさいますし、逆に正解なら正解とおっしゃいます。不二子ちゃん→富士山の絵が頭の中でカシャリと切り替わります。明確に頭の中で写真が思い出せるようになっていると、確実です。

 

写真(一枚の絵)を思い出すのは、実は人間にはとても簡単なことなのです。この一連のやり取りがあることで、格段に思い出しやすくなったと思いませんか! もういつその方にお会いしても「富士さん~」とお呼びすることが出来ます。

 

実は、記憶には初頭効果と呼ばれる現象がありましてね。一番最初に会った時の記憶というのは、よく残ります。その場でさらに一枚の絵方式を使って記憶を強化する行動をとれば、もう忘れようがありません。

 

今日は私の経験だけではなくて、あるすごく高名な学者さんの勉強方法も合わせてお伝えしましょう。その方は何か国語も操る教授で、外国の超有名大学で教鞭をとられている方です。

 

学生時代、もちろん日本有数の大学で勉強されてから外国にお移りになられたのですが、その時の勉強方式がまさに記憶術のセオリーを使ったもの。

 

実はその先生、試験勉強は好んで「広告の裏の白いところ」を使ったそうです。こぎれいな白いノートじゃなく、裏が透けてこちらに見えそうな広告の裏というところがミソ。そうなんです、書いている文字とその裏の模様が目の中でリンクされ、ただの字ではなくて絵として脳に格納されていくという寸法だったようです。先生曰く、実際のテストの時に、きれいに書かれたノートより、ずっと思い出しやすかったとのことでした。

 

もしお子さんがこぎれいに字だけのノートを取っているとしたら、もちろんそれで好成績取っているならよいのですが、そうでないなら、絵やアイコンを入れる方式をぜひお勧めしてあげてください。ノート自体を絵のように脳にしまいやすい形にしてあげてください。どうぞ色ペンをふんだんに使わせてあげてください。色があることで情報量が増えますから、より脳フレンドリーなのです。

 

記憶したことを思い出すためには、ちょっとしたきっかけがあれば、あとは芋づる式に思い出せるのです。記憶のトリガーになるものを、少し増やしてあげることです。さすがに広告の裏はいやだなという場合、ノートを大切に楽しそうに作りこんでくださいね。繰り返しノートを見ようと思うような楽しいノートを作る方向にもっていけばいいのです。記憶の法則の一つは、「記憶が定着するまで、何度も復習」ですから。思い出す回数を増やせばいいのですもの。

 

記憶は何度も思い出す作業をしている間に、強化されます。より思い出しやすくなります。一枚の絵方式、とてもとても有効ですよ。お子さんだけでなく大人の私たちこそ使い倒してみてくださいね。

今、大切にして欲しいもの、それは言葉とのリンク。

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週明けの大学院生活スタートです。

金沢で25度を超えた今日でしたが、さすがに夕方は肌寒い雨。

今日もまた、頭ぐるんぐるんになって、自宅まで歩いて帰宅しました。

 

それだけで、心が軽くなる

本日お伝えしたいのは、やはり心を軽くする生き方の話。今日は二時限分の講義があり、担当の先生はお二人とも心理系の教授でいらっしゃいました。本当に、先生方の経験値から出てくるお話はすごいのです。

 

言語化をする。今日の私の学びの一つがこれです。

 

子どもに起こる、いろんな神経不安からくる身体症状のお話でした。不安にどう対応していくかの対処方法を習いました。

 

その中には

〇一人でリラックスできる場所を確保する 

〇リラックスグッズ(ぬいぐるみでも、ライナスの毛布でも、砂時計でもなんでも、その子が手元に置いておくだけで楽になるもの)

など、なるほどそういう光景はよく目にするなあと思うものもありました。

 

あとは、不安の数値化をしておいて、対応策を考えておくというものも。これは例えば、不安を1から5段階にしておいて、1ならまあよくて、3になったらそろそろ対応が必要だから、どうしたらよいのかなど事前に考えておくという手法です。分かりやすいし、自分で考えて行動できるところが、いいなあと思います。

 

こういう対応の中で、大人だったらすぐに取り入れて欲しいな、私はすぐに取りかからなければ! と思うものに出会いました。

 

それこそが、「感情を表す言葉をいっぱい覚えておいて使う」ということです。

 

私の場合、不安を感じたときに、その不安を表すぴったりな言葉が見つかった場合、割と早くに心を立ち直らせることが出来ます。良い気分の場合も、ぴったりな言葉を使うと、さらにいい感じになったりすることが出来ます。

 

感情を表す言葉と、実際のこころをきちんとリンクさせておくとね、やはり人生の回転数というか、動きの波が早くなるような気がします。私のお友達の中には、この感情と心を言葉でリンクさせることにとても長けた人がいます。

 

言葉のリンクをしっかり手にしている人は、エネルギーが動くのでしょうか。このタイプの人は、やはりなんといいますか、私の目から見ていて、男女問わず圧倒的に人に「モテ」ているように見えます。

 

このモテの人は、わりといつも、言葉を疎かにしないんですよね。言葉の扱いが丁寧な人は、やはり対人関係においても扱いが丁寧ということなのでしょうか。一緒にいて、すごく居心地がいいのです。だから人気も出るのだなと思います。

 

私は、昨日もブログに書いたように、自分の気持ちを瞬殺するという人生をずっと送ってきたので、自分の心の動きにやはり鈍感です。もう一度言葉と心と感情をしっかりリンクさせることから始めるのがいいなと、今日また感じました。

 

本をたくさん読んだり、美術館へ行ったり、音楽を聞いたのなら、そのたびごとに自分の心の在り方と良い言葉やぴったりの言葉と結びつけておけば、そのものから得られる素敵さに、さらに人生を花開かせるギフトが加算されるのです。

 

春がどんどん加速しています。桜の季節を通り過ぎ、萌黄の時期が近付きつつあります。動きだした時空の中で、私ももう一度、根底から湧き上がるエネルギーをつかまえられるように、足元固めをしようと思います。

上手に人の心をとらえる人が、自然体でやっていること

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もし何かアナタに迷いがあるとしたら。その答えは、自然の中、あるいは子ども達との自然な会話の中から拾い上げることが出来るかもしれません。

 

今日は、私が学んだ「人のこころをツカむ人の、自然な振る舞い」について書こうと思います。

 

子ども達との遊びの中で知った、絶対の法則

ここ最近私は、自分にとっての重要な仕事として、発達障害のゾーンに属する子ども達の会話パートナーをしています。もちろん、大学院での学びに直結しています。子ども達がいるから大学院の学びが理解でき、大学院での講義がすぐ、目の前の子ども達に活かせるからです。

 

ですが最近は本当に、彼らのお世話を私がしていると思っているのは全くの間違いなのだと思い始めています。実は彼らこそ私の真の師なのだと思うことが度々です。

 

自閉症という幅のある世界で生きている子は、チャレンジ(困難を感じるもの)の幅がとても広いのです。中には天才的な頭脳の子もいるようですし、シビアな状態の子ももちろんいます。状況は個人個人違いますし、成長によって数か月前と全くコミュニケーションの様子も変わってきます。決して一定ではありません。ただ、どの子も何らかのコミュニケーション上の困難は抱えてはいるようです。

 

この子達に接する自分を考えると、とても大切なことに気がつかされます。いつの時も「人間として私は基本が出来ているかどうか」を試されているように思います。

 

どんな基本かと言いますとね。

 

コミュニケーションの基本なのです。人として人に向かいあう時、自分が分かりやすい表現をしているかどうかとかなど。そういうことはもちろんのことですが、それよりももっと深い部分で、基本が出来てるかどうかを問われ続けています。

 

コミュニケーションの基本てなんだと思います?ずっと誤解していましたよ。私は実は。

 

良いコミュニケーションって、自分がポライトリー(上品とか、礼儀正しい)とかが大事だと、ずっとずっと思ってきました。ポライトリーであることや、昨日書きましたエレガントであることは大事な要素ではあるのですが、基本かと問われると少しずれがあるのです。

 

もっと深い部分での基本、それこそが、「自然体である、自分のこころに素直である」ということなのです。

 

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この写真の美しい子ども達のように、子どもは好きな事にそして好きな人に、まっすぐ向かいます。目の前に広がる心躍るものの存在に、体全体でウェルカムを表現していますよね。これこそが、人としての在り方で、とてもとても大事なものなのです。

 

私のお話をしましょう。

 

ASD自閉症スペクトラム障害)の子と対応するときに、たまに自分からすると、突拍子のない応答に出くわす時があります。もちろん彼らにとっては、別に突拍子のない返答ではありません。でも私にとっては予想を裏切る答えなので、とっさに「うっ!」っとなって言葉を飲み込んでしまいます。

 

こういう時にね、私は「ああ、そうだよな。彼はこう思っているに違いない」と勝手に彼らのこころを自分の色メガネで見てしまうのです。でもこれ、自然なやり方ではありません。

 

どういうことかと言うとね。誰でも、疑問に思ったら普通の場合、聞きませんか? 相手にちゃんと。「え? 自分はこう思ったけれども違ったかな」とかね。あるいは、「うわ~、私はそれはいいと思う(あるいは悪いとおもう)」と表明しませんか。そうすると、相手も自然に自分の考えを表明できて、さらに会話が弾むでしょう。でも目の前の人がぐっと言葉を飲み込んでしまったら、その場で会話はストップなのです。

 

私の場合、そういう「自分の気持ちを素直に相手に伝える」ということを、今までほとんどやってこなかったのです。言葉を飲み込んでしまうのです。でもそういう時は必ず、こちらのこころの中では「決めつけ」が発生しているのですから、相手にとってはたまったものではありませんよね。

 

言葉に詰まってそれ以上の行動をしない人は、相手に興味があるわけではないと相手に伝えていることになるのです。子どもは知っています。「ああ、こういう人はその人自身の考えだけに興味があって、ワタシには興味ないんだな」と。

 

興味や関心を同じくする人の集まりが仲間です。仲間には誰でも心を開きます。でも、心を開いていない人には、誰も心をオープンにしたいとは思わないですものね。誰でもね、「勝手に誤解するんではなくて、本当のところを聞いて欲しい」と思いませんか。

 

私も逆の立場なら、確実にそう思うはずです。でもなぜ私は良かれと思って言葉を飲み込んでしまうのでしょう。反省すべきはそこなのです。私はこれから全人生をかけて改善すべきは、こういう「オープンな私になる」というところなのです。

 

素直であること。

自分の感情に正直になること。

この二つの基盤に立つことを、どうやってしても私は手に入れなければなりません。そりゃ48年、自分の言葉を飲み込む選択をしてきた人ですので、乗り越えていくのは容易ではないでしょう。でもコミュニケーションの原点であるこの部分をスルーして、次に進むことはまったく効果が出ないのです。

 

もちろん注意点はあります。え? っと思ったからといって、いつもいつも相手を質問攻めにするのは、良くありません。

 

他の人同士がしゃべっているときに、自分がそれを横で聞いていて、無理やり割り込んで質問や確認をするのも、エレガントではありません。あくまで自分と相手が主体的に話しているときに限ります。

 

自分の感覚を素直に自分でつかむ。表現する。それは実はとてもエレガントなことなのだと思います。相手を攻撃するのではなく、相手を自分の狭い視野で決めつけるのではなく、事実を事実として認める。

 

自分が理解できていないことを、理解できていないと言うことは、実はとても勇気がいります。私はその勇気を持つことを、怖がっていたのでしょうね。でもこの勇気、持っている人ほど誰にも貶められない生き方をしているのが事実です。

 

ホント、子ども達は教えてくれます。知ったかぶりをするウソつきの大人を、誰も子どもは本気で相手にしません。本当に楽しくその分野を泳ぎ回っている人は、年齢を問わず、子どもは何にも言わなくても、すごく尊敬しています。

 

自分の感情を素直に受け取り、味わうこと。目の前の人をおろそかに扱わないことは、両立できます。それこそが次へつながる大事なことなのだと、昨日の私はまた学び直しましたよ。

 

さて、今日は家族と一緒の一日になります。彼らもまた、私の重要なこころのパートナー。昨日の学びをもとに、どんな私として夫と息子とのコミュニケーションの場を作り上げることが出来るか。少しだけ前進した私として、一日を過ごしてみたいと思います。

 

花を咲かせる人生を歩むには、この言葉が良い道案内になりそうです

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春の空気が、金沢を丸ごと包み込んでいます。桜色で縁取られた景色は、なんともエレガントですね。

 

春の陽気に誘われて、朝書いた「手裏剣」ブログをアップしてから、いてもたってもいられず金沢散策をしてきました。道を行きかう観光客の皆さんも、笑顔が花咲く昼下がり。

 

桜の時期は、日本中が浮き立つようです。そして同じようにもしかしたらこの言葉も、世界を変えるかもしれません。

 

表現を少し変えると世界も変わる

最近の講義で、ある言葉に出会いました。

「エレガント」

遺伝や分子生物学の講義の中で、社会を変えるようなインパクトのある研究であることを、教授がエレガントと表現なさっていました。「これは人類の実験史上、いちばんエレガントな研究結果だと思います」とね。

 

授業を受けていて、とても感銘を受けました。エレガントって、素晴らしく言葉自体にパワーがあるなと感じました。エレガントは、イメージとしてすっきりしていて、優れていて、有無を言わさぬ迫力もありながら、上品。そういうことがすっと脳に届く言葉だと思います。

 

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確かに、データーも得られた結果も、素晴らしいものなのです。でもなにより、その言葉を使う教授がエレガントだなと思いました。ちょうど花の咲く直前のがっしりとした幹の太い桜の木のような、質実剛健系の男性の先生です。

 

ああ、真実人間て、中身なのだなあと思いました。

存在というのは使う言葉で優美にも粗野にもなりえるのだなと実感した瞬間です。

 

ふと自分の人生を思い返すと、苦節の末でもそうでなくても、美しく柔らかな花を咲かせる人生を歩む人は、どこか使う言葉と行動がエレガントなのです。

 

上品さというか、落ち着きのあるさまというか、余裕があることもそうかもしれません。焦ってない感じでしょうかね。

ぐいっと大地に根を下ろした感じもあります。びくともしないゆるぎない芯も感じさせます。

 

そういう安定した地盤に立つ人は、どんな場所に行っても、どんな風や嵐に出会った時でも、いずれ芽をだし葉を出していきます。人と人との関係に潤いを与え、人からも潤いを得やすいのだろうと思います。

 

エレガント。決してお上品で高いところにとどまるということではありません。

 

地中奥深くから養分を吸い上げ、天に吹き上げるかのように咲く桜のように、誰にとっても親しみのあるエレガントさで生き抜くこと。今日は手帳のメモにしっかり、エレガントで生きると書きましたよ!

 

そうなんす。私、出会った言葉やハッとしたことは、出来るだけ手帳に書くようにしています。アナタは今日、どんな言葉と出会いましたか。心の中にあるワタシの手帳に忘れずに、記入しておくと良いですよね。そしてその言葉を道案内に、明日からをまた歩けばいいのですから。